難聴についてあなたはどれくらい知っているでしょうか。まずは世界と日本の状況を見てみましょう。

世界と日本の難聴者数

世界の難聴者人口

出典:2018年 世界保健機構WHO

2018年3月、世界保健機関(WHO)は、高齢者人口の増大などで世界的に聴覚障害に苦しむ人が増えており、2050年には現在の推計約4億7千万人から9億人に達する可能性があると発表、日本でも聴覚に障害を持つ人の数が、2008年の約500万人から現在は550万人に増加したと推定しました。WHOによると、5年前には聴覚障害に苦しむ人の数は3億6千万人でしたが、2018年の推計値は4億6600万人で、うち3400万人が子供としています。

 

80兆円

WHOは、はしかなどの感染症予防や難聴を引き起こす可能性のある薬剤を使用しないこと、職場や屋外で大音量の音を出さないようにするなどの対策を取れば聴覚障害の半数は防げると指摘し、各国政府に適切な対策を取るよう求めました。 一方、対策を取らない場合、治療などのコストを含めた経済的な損失は世界で年間計7500億ドル(約80兆円)になると試算しました。

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出典:2019年 世界保健機構WHO

また、WHOは、若年層の聴覚障害の危険性についても警鐘を鳴らしています。スマートフォンやオーディオプレーヤーといった音響機器などで大音量の音を長い時間聴くと聴覚障害になる恐れがあり、世界の12~35歳の若い世代の半数近い約11億人が難聴になるリスクがあるとのことです。WHOは世界の国々の政府やメーカーに国際基準を示してこの基準に合った機器類の製造を求めています。
WHOが国際電気通信連合(ITU)と共同で策定し、世界に提示した国際基準によると、聴覚障害にならない安全な音のレベルの目安は、大人で音量80デシベル、子どもは75デシベルをそれぞれ1週間に最大40時間とし、その上でメーカーに対し、利用者がどのレベルの音量をどの程度聴いたかが分かるような機能を音響機器類に付けることなどを提案しています。

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参考:「補聴器供給システムの在り方に関する研究II」

日本における現状をみてみましょう。難聴者の人数に関する推計はいくつか存在しますが、日本補聴器工業会の発表(2015年)によると、世界の中でも高齢化が進んでいるといわれる日本の国内推定難聴者数は約1,994万人、全人口の15.2%と試算されています。しかし1994万人の推定難聴者のうちで、自分の聴力の低下に気付いている人はほぼ半数(53%)であるという数字があります。
また、日本における難聴や補聴器装用の実情調査「JapanTrak(ジャパントラック)2018」によると、日本の難聴者率(自己申告)は11.3%で、自分が難聴であると感じている人は国内推計約1,430万人という結果になりました。実際には聴力が低下し始めていても、自分で気が付いていない人もかなりの数にのぼるということができます。
JapanTrak 2018では、75歳以上で自分が難聴だと思っている人の割合が43.7%なのに比べ、65歳から74歳で自分の難聴を自覚している人は18.0%と大きな開きがあります。一般的に聴力の低下は40歳ころから始まるといわれていますが、実際に難聴を自覚するようになるのは、もっと年齢を重ねてからということがいえます。

どうしてみんな気がつかないの?

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自分の聴力の低下に気づいていない人が多いという現状の原因として考えられるのは、まず、難聴というものは徐々に進行していくため、本人には自覚しにくいという点です。視力の衰えと違って、聴力は多少低下しても日常生活に大きな支障をきたさないと考えられていることも影響しているのかもしれません。
また、聴力低下は本人が自覚するよりも先に家族などが気付く場合が多く、周囲の人たちは「聞き間違いや聞き返しが多くなった」、「テレビの音量が大きくなった」と思っていても、本人はそれほど生活する上で不便を感じないため、そのまま放置されてしまうというケースが見受けられます。
そもそも、普段の生活の中で、自分の聴力を測ったり、チェックしたりする機会が少ないために、聴力の低下を自覚するきっかけがないというもの見逃せないポイントです。JapanTrak 2018でも、健康診断や人間ドックで1 年以内に聴力チェックを受けたと回答した人は全体の4割弱程度でした。
自分の聴力を知る機会が少ないということが、難聴を自覚している人の割合の低さにつながっているのかもしれません。

難聴に潜む危険

聴力の低下は、日常生活に差し迫った大きな支障がないといった理由から、そのまま放置されがちな問題ですが、一方で、最近メディアでもたびたび取り上げられるようになってきたのが、聴力低下と認知症との関連です。
2017 年7月、国際アルツハイマー病会議(AAIC)において、ランセット国際委員会が「認知症の症例の約35%は潜在的に修正可能な9つの危険因子に起因する」と発表し、「難聴」は「高血圧」「肥満」「糖尿病」などとともに9つの危険因子の一つに挙げられ、その際「予防できる要因の中で、難聴は認知症の最も大きな危険因子である」という指摘がされました。
日本でも、2015年1月、政府が高齢化が急速に進む日本の問題に、認知症の対策強化に向けての国家戦略である新オレンジプラン(認知症施策推進総合戦略)を策定し、国として、認知症発症予防の推進と認知症高齢者の日常生活を支える仕組みづくりに取り組むこととしました。その中で認知症の危険因子として「加齢」や「高血圧」などと一緒に、 「難聴」も一因として挙げられています。

新オレンジプランが提言する認知症を引き起こす要素(危険因子)

  • 難聴
  • 加齢
  • 遺伝
  • 頭部外傷
  • 高血圧
  • 喫煙
  • 糖尿病

これまで、新聞や雑誌、テレビ等で難聴が取り上げられる機会も少なく、難聴についての正確な情報は十分とはいえませんでした。そうした背景もあって、「歳を取れば耳が聞こえにくくなるのは当たり前」というように、難聴は単なる老化現象の一部と捉えられがちでしたが、昨今、難聴が及ぼす健康への悪影響や、深刻な社会問題につながる懸念が話題になることで、社会全体の意識も変わりつつあるようです。